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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)2858号 判決

原告(反訴被告)

株式会社内一

右代表者代表取締役

竹嶋武男

右訴訟代理人弁護士

野呂汎

野間美喜子

被告(反訴原告)

岡地株式会社

右代表者代表取締役

岡地中道

右訴訟代理人弁護士

山岸憲司

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金二六三万四三八五円及びこれに対する昭和五五年二月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は第二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

1  被告(反訴原告、以下被告という。)は原告(反訴被告、以下原告という。)に対し、金七三三三万七五〇〇円及び内金五三五〇万円に対する昭和五四年七月一日以降、内金一九八三万七五〇〇円に対する同年九月二六日以降、いずれもその支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、額面一〇〇〇万円の国債二枚を引渡せ。

3  被告の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、本訴反訴を通じて被告の負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決並びに仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  本訴の請求原因

1  被告は、名古屋繊維取引所、東京繊維商品取引所の各会員で主務大臣より許可を受けた商品取引員である。原告は被告に対し、次のとおり先物取引の委託をなし、その証拠金を預託した。

(1) 昭和五四年三月一二日(以下、単に月日のみを記す場合はいずれも昭和五四年であることを示す。)鬼頭伴行(以下鬼頭という。)名義で名古屋繊維取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として五六〇万円を預託した。

(2) 同日同名義で同取引所におけるスフの先物取引の委託をし、その委託証拠金として四五〇万円を預託した。

(3) 同日同名義で東京繊維商品取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として七九〇万円及び額面一〇〇〇万円の国債二枚を預託した。

(4) 三月二四日高橋正勝(以下高橋という。)名義で名古屋繊維取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として七三五万円を預託した。

(5) 同日同名義で東京繊維商品取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として一八一五万円を預託した。

(6) 四月二三日酒巻裕(以下酒巻という。)名義で名古屋繊維取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として二一〇万円を預託した。

(7) 同日同名義で同取引所におけるスフの先物取引の委託をし、その委託証拠金として七九〇万円を預託した。

(8) 五月二四日竹嶋武男(以下竹嶋という。)名義で東京繊維商品取引所における毛糸の先物取引の委託をし、その委託証拠金として一九八三万七五〇〇円を預託した。

2  原告が被告に委託していた前記1の各先物取引のうち(1)ないし(7)の取引は六月三〇日に、(8)の取引は九月二五日に終了した。

よつて、原告は被告に対し、委託証拠金返還請求権に基づき、右証拠金合計七三三三万七五〇〇円及び内金五三五〇万円に対する1(1)ないし(7)の各先物取引終了の日の翌日である昭和五四年七月一日以降、内金一九八三万七五〇〇円に対する(8)の先物取引の終了の日の翌日である同年九月二六日以降、いずれもその支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに額面一〇〇〇万円の国債二枚の引渡しを求める。

二  本訴の請求原因に対する認否全部認める。

三  本訴の抗弁及び反訴の請求原因

1  (鬼頭名義の名古屋毛糸の取引)

(一) 被告は四月一四日から六月一二日までの間、原告より委託を受けて鬼頭名義をもつて、次のとおり名古屋繊維取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 四月一四日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  九五枚

(2) 六月一日から同月一二日までに手仕舞された分の取引

別表(一)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引損益は、次のとおりである。

差益金合計 五五万六五〇〇円

差損金合計 三二万二五〇〇円

手数料合計 五六万九五〇〇円

(A)差引損金 三三万五五〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は、次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 三八四万六〇〇〇円

手数料合計 四四万二五〇〇円

(B)差引損金 四二八万八五〇〇円

(三) 原告は被告に対し、右口座清算の結果(A+B)、六月一二日現在で合計四六二万四〇〇〇円の売買差損金債務及び手数料債務(以下、両者を合わせて差損金等債務という。)を負担するに至つた。

2  (鬼頭名義の名古屋スフの取引)

(一) 被告は三月一六日から六月一二日までの間、原告より委託を受けて鬼頭名義をもつて、次のとおり名古屋繊維取引所におけるスフの先物取引売買を行なつた。

(1) 三月一六日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  二〇枚

(2) 六月一日から同月一二日までに手仕舞された分の取引

別表(二)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は、次のとおりである。

差益金合計 一七万五〇〇〇円

差損金合計 一五五万五〇〇〇円

手数料合計 一五万円

(A)差引損金 一五三万円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は、次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 三七五万三〇〇〇円

手数料合計 二二万〇五〇〇円

(B)差引損金 三九七万三五〇〇円

(三) 原告は右益金から四月二日(C)一〇万円を引出したため、右口座清算の結果((A)+(B)+(C))、原告は被告に対し、六月一二日現在で差損金等債務五六〇万三五〇〇円を負担するに至つた。

3  (鬼頭名義の東京毛糸の取引)

(一) 被告は三月一二日から六月二九日までの間、原告より委託を受けて鬼頭名義をもつて、次のとおり東京繊維商品取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 三月一二日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  三八九枚

(2) 六月一日から同月二九日までに手仕舞がなされた分の取引

別表(三)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 三八九万九一〇〇円

差損金合計 五一〇万一二〇〇円

手数料合計 二三二万九九〇〇円

(A)差引損金 三五三万二〇〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 二一四一万五八〇〇円

手数料合計 二〇七万三五〇〇円

(B)差引損金 二三四八万九三〇〇円

(三) 原告は右益金から四月二日(C)二二三万二四〇〇円を引出したため、右口座清算の結果((A)+(B)+(C))、原告は被告に対し、六月二九日現在で差損金等債務二九二五万三七〇〇円を負担するに至つた。

4  (高橋名義の名古屋毛糸の取引)

(一) 被告は四月三日から六月二九日までの間、原告より委託を受けて高橋名義をもつて、次のとおり名古屋繊維取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 四月三日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  三五枚

(2) 六月一日から同月二九日までに手仕舞がなされた分の取引

別表(四)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 四五万円

差損金合計 〇円

手数料合計 一九万九〇〇〇円

(A)差引益金 二五万一〇〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 五八九万八〇〇〇円

手数料合計 六一万九五〇〇円

(B)差引損金 六五一万七五〇〇円

(三) 被告は五月一七日、右益金のうち(C)二五万一〇〇〇円を高橋名義の東京毛糸口座(後記5)の益金に振り替えたため、口座清算の結果((B)+(C)−(A))、原告は被告に対し六月二九日現在で差損金等債務六五一万七五〇〇円を負担するに至つた。

5  (高橋名義の東京毛糸の取引)

(一) 被告は三月二四日から六月二九日までの間、原告より委託を受けて高橋名義をもつて、次のとおり東京繊維商品取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 三月二四日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  二九八枚

(2) 六月一日から同月二九日までに手仕舞がなされた分の取引

別表(五)記載のとおり

(なお、同表の番号13の手仕舞は納会落ちである。)

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 九四万五〇〇円

差損金合計 六四四万四九〇〇円

手数料合計 一七八万一六〇〇円

(A)差引損金 七二八万六〇〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 七万八〇〇〇円

差損金合計 一一八九万八〇〇〇円

手数料合計 一一三万二八〇〇円

(B)差引損金 一二九五万二八〇〇円

(三) 五月一七日、高橋名義の名古屋毛糸の口座から、益金として(C)二五万一〇〇〇円の振り替えを受けたため、口座清算の結果((A)+(B)−(C))、原告は被告に対し、六月二九日現在で、差損金等債務一九九八万七八〇〇円を負担するに至つた。

6  (酒巻名義の名古屋毛糸の取引)

(一) 被告は五月一日から六月二一日までの間、原告より委託を受けて酒巻名義をもつて、次のとおり名古屋繊維取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 五月一日から同月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  一七四枚

(2) 六月一日から同月二一日までに手仕舞された分の取引

別表(六)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 七七万一三〇〇円

差損金合計 一一六万七〇〇〇円

手数料合計 一〇四万九一〇〇円

(A)差引損金 一四四万四八〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 一九万八〇〇〇円

差損金合計 二四〇万三六〇〇円

手数料合計 八三万五六〇〇円

(B)差引損金 三〇四万一二〇〇円

(三) 原告は五月二九日、右損金に(C)一四四万四八〇〇円を入金したので、口座清算の結果((A)+(B)−(C))、原告は被告に対し六月二一日現在で差損金等債務三〇四万一二〇〇円を負担するに至つた。

7  (酒巻名義の名古屋スフの取引)

(一) 被告は五月一四日から六月三〇日までの間、原告より委託を受けて酒巻名義をもつて、次のとおり名古屋繊維取引所におけるスフの先物売買取引を行なつた。

(1) 五月一四日から同月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  九五枚

(2) 六月一日から同月三〇日までに手仕舞された分の取引

別表(七)記載のとおり

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 一八七万二五〇〇円

差損金合計 一六万四〇〇〇円

手数料合計 六八万四〇〇〇円

(A)差引益金 一〇二万四五〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 六三八万六〇〇〇円

手数料合計 六七万六八〇〇円

(B)差引損金 七〇六万二八〇〇円

(三) 原告は右益金から五月二九日(C)一〇〇万八九〇〇円を引出したため、口座清算の結果((B)+(C)−(A))、原告は被告に対し六月三〇日現在で差損金等債務七〇四万七二〇〇円を負担するに至つた。

8  (竹嶋名義の東京毛糸の取引)

(一) 被告は三月八日から九月二五日までの間、原告より委託を受けて竹嶋名義をもつて、次のとおり東京繊維商品取引所における毛糸の先物売買取引を行なつた。

(1) 三月八日から五月三一日までに手仕舞された分の取引

合計  四一七枚

(2) 六月一日から九月二五日までに手仕舞がなされた分の取引

別表(八)記載のとおり

(なお同表番号17ないし19の手仕舞は納会落ちである。)

(二) ところで

(1) 右(一)(1)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 六五一万五七〇〇円

差損金合計 二六八万七一〇〇円

手数料合計 二四九万二一〇〇円

(A)差引益金 一三三万六五〇〇円

(2) 右(一)(2)の取引の損益は次のとおりである。

差益金合計 〇円

差損金合計 一四二二万三〇〇〇円

手数料合計 一一八万円

(B)差引損金 一五四〇万三〇〇〇円

(三) 原告は右益金から三月二〇日に二〇〇万七〇〇〇円、四月二日に一八五万二二〇〇円合計(C)三八五万九二〇〇円を引出し、五月一七日には竹嶋名義の名古屋毛糸口座から益金として(D)二三万六〇〇〇円の振り替えを受けたので口座清算の結果((B)+(C)−(D)−(A))、原告は被告に対し、九月二五日現在で差損金等債務一七六八万九七〇〇円を負担するに至つた。

9  仮に本件先物取引のうち六月一日以降の新規建玉(別表(三)の番号1ないし5、13、23、24、別表(五)の番号4、別表(六)の番号1、2、7ないし21、別表(七)の番号6、別表(八)の番号7、11、13の各建玉)及び六月一日以降同月二四日までの手仕舞(別表(一)、(二)、(六)の全手仕舞、別表(三)の番号1ないし15、別表(四)の番号1ないし5、別表(五)の番号1ないし9、別表(七)の番号1ないし3、別表(八)の番号1ないし3の各手仕舞)が、原告の指示に基づくものでなかつたとしても、原告は次のとおり遅くとも同月二四日までに右建玉手仕舞を追認した。

即ち、右建玉手仕舞の結果については、被告の外務員訴外宮地誠治(以下宮地という。)が、取引の都度原告に対し報告しており、又、取引後二・三日のうちには被告からも、その内容・計算結果を記載した報告書が原告のもとに送付され、原告の高橋財務マネージャーがこれらを、その都度正確に整理し、建玉の現状値洗いの状況・証拠金の金額等につき把握していた。原告は被告からの右報告書に対して、なんら異議を申立てなかつたばかりか、六月二四日には、宮地から同日までの取引の結果の商品別限月別建玉枚数、値洗状況についての内容を記したメモを渡されて説明を受け、それを了承していたものである。

従つて、原告は遅くとも、同月二四日には、右建玉手仕舞のすべてを追認したということができる。

10  仮に、別表(一)ないし(八)記載の各手仕舞(但し別表(八)の番号17ないし19の手仕舞は除く。)が、原告の指示に基づかないものであつたとしても次のとおり、原告は同年七月一二日には右手仕舞の結果を追認した。

即ち、原告代表者と被告との間で昭和五四年七月五日、九日、一二日に、争いのある右手仕舞の処理について話合いがなされたが、その中で被告が提示した解決策は、原告において右手仕舞玉と同一内容の玉を再度建てることとし、その際の値合金(手仕舞をした時点の約定値段と再度買建玉をした時点の約定値段の差額)及び手数料を被告が負担するというものであつた。右提案は経済的には、被告の負担で、右手仕舞玉を原状に復元することを意味し、原告にとつて何ら、不利益のない内容のものであつたが、原告は結局これに応じなかつた。原告が右提案を拒否したのは、建玉を原状に回復するには数千万円の証拠金が必要でありたとえ回復しても七月の相場も安く、更に損が大きくなる可能性もあることから、七月四日までの右手仕舞を認めた方が結果的には得策であると考えたためである。

右提案を拒否した原告の態度は手仕舞された状態を追認したことに他ならず、遅くても原状回復の申出を拒否した同年七月一二日の時点で右手仕舞を追認したということができる。

11  仮に、本件先物取引のうち六月二八日以降の手仕舞(ただし、納会落ちした別表(八)の番号17ないし19は除く。即ち別表(三)の番号20ないし26、別表(四)の番号9ないし16、別表(五)の番号14ないし18、別表(七)の番号8ないし13、別表(八)の番号4ないし11、13ないし15の各手仕舞)について原告からの指示も追認もなかつたとしても、次のとおり右手仕舞は各取引所の受託契約準則(以下単に受託契約準則という。)一三条一項に基づく強制手仕舞権限の行使として有効である。

即ち

(一) 原告の買建玉は六月に入つて相場が下がつたため、委託追証拠金(以下追証という。)を預託する必要が生じ、六月二〇日には見合率(必要証拠金に対して現に預託を受けている証拠金に帳尻、値洗の金額をプラスマイナスした差引残高が何%あるかという割合。)がマイナスになるという最悪の事態となつた。

そこで同日被告から原告に対し、書面で五〇〇〇万円の追証請求がなされたが、右期日に入金はなく、六月二四日には原告は被告に対し、同月二七日までに右証拠金を納入する旨約した。追証がかかつた六月以降、被告は宮地を通じて強制手仕舞の予告の意味で追証の納入がない場合には、減玉せざるを得ない旨再三にわたり通告しており、従つて、原告は、右約定の時点では、期日に追証を入れない場合、被告において受託契約準則に基づき、強制手仕舞権限の行使がなされることは十分承知していた。

然るに原告は右約定を履行しなかつたため被告は遅くとも同月二七日には受託準則上の強制手仕舞できる要件を備えたということができる。よつて同月二八日以降の手仕舞は、受託契約準則一三条の強制手仕舞として有効である。

なお、一般に商品取引員において、強制手仕舞の予告(受託契約準則一三条二項)を、書面で行なうようにしているのは、委託者との間の争いを避け、後日の証拠とするためであり、口頭による予告であつても強制手仕舞の効力には影響がないというべきである。従つて被告が宮地を通じてなした口頭の強制手仕舞の予告に基づく右手仕舞は有効である。

(二) 仮に強制手仕舞の予告がなかつたとしても、前記のとおり、原告は、被告から追証を入れなければ減玉せざるを得ない旨の説明を再三受けており、その旨十分承知していたにもかかわらず、被告の再三の追証請求に対しても応ぜず、見合率がマイナス一〇%という最悪の事態に至つても、約定の追証納入期限に入金しなかつたという事情のもとでは、原告において強制手仕舞の予告がなかつたことを理由に、その効果の帰属を争うことは信義に反し許されないというべきである。

12  前記1ないし8の各取引を集計すると、被告は原告に対し、鬼頭名義の全取引につき三九四八万一二〇〇円、高橋名義の全取引について二六五〇万五三〇〇円、酒巻名義の全取引について一〇〇八万八四〇〇円、竹嶋名義の取引について一七六八万九七〇〇円、以上合計九三七六万四六〇〇円の差損金等債権を有することになるが、反面、被告が原告から本件取引について預託を受けた委託証拠金の額は八月一七日現在(但し、竹嶋名義については一二月五日現在)で

(鬼頭名義)

(1) 名古屋毛糸口座 五六〇万円

(2) 名古屋スフ口座 四五〇万円

(3) 東京毛糸口座 七九〇万円及び額面金額一〇〇〇万円の国債二枚(評価額金一八〇〇万円)

(高橋名義)

(1) 名古屋毛糸口座 七三五万円

(2) 東京毛糸口座 一八一五万円

(酒巻名義)

(1) 名古屋毛糸口座 二一〇万円

(2) 名古屋スフ口座 七九〇万円

(竹嶋名義)

東京毛糸口座 一九八三万七五〇〇円

の合計九一三三万七五〇〇円であつた。

13  そこで被告は、原告に対し1ないし7の各取引については遅くとも八月六日までに、8の取引については遅くとも一一月二七日までに各差損金等債務の支払を求めたが、原告はこれに応じないため被告は、受託契約準則二四条に基づき、鬼頭名義の東京毛糸口座の額面一〇〇〇万円の国債二枚を換価処分(売却代金一七七九万二七一五円)し、各名義ごとにその口座間で、委託証拠金を別表(九)の「充当した委託証拠金」欄記載の金額のとおり振替(但し、本件訴訟提起後竹嶋名義の口座から鬼頭名義の東京毛糸の口座へ二一四万七八〇〇円を振替)えたうえ、昭和五四年七月三一日内容証明郵便によつて、原告に対し充当の通知をなし(右二一四万七八〇〇円については、本件訴訟後振替充当の通知をなした。)、別表記載の通り、原告の差損金等債務に充当した。

その結果、原告の委託証拠金返還請求権は消滅し、被告はなお原告に対し、二六三万四三八五円の差損金等債権を有している。

よつて、被告は原告に対し、右金二六三万四三八五円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和五五年二月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  抗弁(反訴請求原因)に対する認否

1  抗弁1の事実について

(一)のうち(2)の別表(一)記載の全手仕舞を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

2  同2の事実について

(一)のうち(2)の別表(二)記載の全手仕舞を否認し、その余は認める。

(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

3  同3の事実について

(一)のうち(2)の別表(三)記載の全手仕舞及び番号1ないし5、13、23、24の建玉を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

4  同4の事実について

(一)のうち(2)の別表(四)記載の全手仕舞を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

5  同5の事実について

(一)のうち(2)の別表(五)記載の全手仕舞及び同表番号4の建玉を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

6  同6の事実について

(一)のうち(2)の別表(六)記載の全手仕舞及び同表の番号7ないし21の建玉を否認する。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

7  同7の事実について

(一)のうち(2)の別表(七)記載の全手仕舞を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

8  同8の事実について

(一)のうち(2)の別表(八)記載の全手仕舞及び同表の番号7、11、13の建玉を否認し、その余は認める。(二)の(1)は認め、(2)は否認する。(三)は争う。

9  同9の事実のうち、報告書の送付を受けていたことは認め、その余の事実は否認する。

本件取引については、その都度宮地からの口頭による報告により取引内容を把握してきたのであつて、送付された報告書については全く検討していなかつた。この事情は六月一日以降も変化はなかつたから、この期間に報告書が送付された事実のみをもつて、原告がその取引内容を知つたということはできない。

10  同10の主張は争う。

被告の提案は、無断売却の時点で発生した損金を一旦確定させてしまうという点で問題があるうえ、無断売却時と回復時の間に、買付時より相場が上がつた場合の処理について全く協議がなされなかつたため、原告は、右提案を承諾するに至らなかつたものである。

11  同11の主張は争う。

12  同12の事実のうち委託証拠金の額は認め、その余は否認する。

13  同13の主張は争う。

同13の主張のうち充当の通知がなされたことは否認し、その余の充当に至る経過は認め、充当の効果については争う。

仮に被告の主張する差損金等債務があるとしても、受託契約準則二四条五項によれば証拠金を差損金に充当する場合、あらかじめ書面をもつて原告に通知しなければならないと規定されているところ、被告は、この手続を履行していないから、原告はなお証拠金が残存するものとして返還請求できる。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本訴の請求原因事実は全て当事者間に争いがない。

二本訴の抗弁(反訴の請求原因)について以下検討する。

1  抗弁1ないし8の各先物取引につき、五月三一日までに手仕舞された分の取引及びその取引の損益の計算関係については、当事者間に争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、原告は、三月二〇日同8の竹嶋名義の東京毛糸の口座の益金のなかから二〇〇万七〇〇〇円を、四月二日同口座の益金のなかから一八五万二二〇〇円を、同2の鬼頭名義の名古屋スフの口座の益金のなかから一〇万円を、同日同3の鬼頭名義の東京毛糸の口座の益金のなかから二二三万二四〇〇円を、五月二九日同7の酒巻名義の名古屋スフの口座の益金のなかから一〇〇万八九〇〇円を、それぞれ引き出したこと、五月一七日に竹嶋名義の他の口座から同8の同名義の東京毛糸の口座へ益金として二三万六〇〇〇円が、又同日同4の高橋名義の名古屋毛糸の口座の益金の中から同5の同名義の東京毛糸の口座へ益金として二五万一〇〇〇円がそれぞれ振替えられたこと、原告は、五月二九日同6の酒巻名義の名古屋毛糸の口座の損金の支払として、一四四万四八〇〇円を入金したこと、以上の事実が認められる。

右認定事実によると、五月三一日現在での右各口座の損金の残高は、同1の鬼頭名義の名古屋毛糸の口座が損金三三万五五〇〇円、同2の同名義の名古屋スフの口座が損金一六三万円、同3の同名義の東京毛糸の口座が損金五七六万四四〇〇円、同4の高橋名義の名古屋毛糸の口座が〇円、同5の同名義の東京毛糸の口座が損金七〇三万五〇〇〇円、同6の酒巻名義の名古屋毛糸の口座が〇円、同7の同名義の名古屋スフの口座が益金一万五六〇〇円、同8の竹嶋名義の東京毛糸の口座が損金二二八万六七〇〇円であり、右各口座の損益金を合計すると損金一七〇三万六〇〇〇円となる。

2  次に、同1ないし8の各先物取引のうち六月一日以降の新規建玉及び手仕舞が原告の指示によるものであるか否かについて検討する。

(一)  (右新規建玉及び手仕舞の存在について)

〈証拠〉を総合すれば、被告は六月一日以降、名古屋繊維取引所において別表(六)の番号1、2、7ないし21、別表(七)の番号6の各建玉及び別表(一)、(二)、(四)、(六)、(七)記載の全手仕舞をなしたこと、東京繊維商品取引所において別表(三)の番号1ないし5、13、23、24、別表(八)の番号7、11、13の各建玉及び別表(三)、(五)、(八)記載の全手仕舞をなしたこと、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)  (六月一日以降の本件先物取引の経過について)

〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められる。

(1) 原告は、毛糸スフ相場につき、強気の予想のもとに買一本で本件先物取引を続けていたが、相場は三月末がピークで、六月に入つてからは下げ傾向となり、原告の建玉に追証がかかるようになつた。そこで原告の取引担当であつた被告の外務員宮地は原告に対し、追証の預託を請求し、入金がない場合には建玉を減玉せざるを得ない旨を告げた。六月六日に、宮地が原告代表者宅を訪問した際にも同様のことを告げたが、それに対して原告代表者は、毛糸については期近の玉から、又、スフについては期近、先物の関係なく順次減玉していくようにとの指示を与えた。

(2) 宮地が六月一〇日に原告代表者宅を訪問した際にも同人は限月の近い玉から逐次手仕舞をなすように指示する一方で依然として強気の相場観のもとに、追証を入金するという前提で先物を買いたい旨の希望を示し、そのために追証拠金を調達しにいく旨述べた。

六月一二日宮地は四国からの原告代表者の電話に対し追証として三〇〇〇万円が必要であることを伝えたがその後も結局追証の入金はなかつた。

(3) 宮地は原告の右減玉方針に基づき順次建玉を手仕舞つていつた。

なお、原告は六月一日以降減玉方針をとりながらも、宮地に対し、何度か買建玉の注文をなした(別表(三)の番号1ないし5、13、23、24、別表(六)の番号1、2、7ないし21、別表(七)の番号6、別表(八)の番号7、11、13の各建玉)が、いずれも成果なく短期間で手仕舞われた。

右の建玉手仕舞の結果については、五月三一日以前と同様にその都度宮地が原告代表者に電話で報告し、又、同人宅訪問の際には必ず各口座の限月別の枚数、証拠金、帳尻、値洗等を記したメモを持参して、その内容を説明していた。それに加え、被告の管理部からも取引後直ちに各口座ごとに「委託売付・買付報告書及び計算書」が各名義人宛に発送され、原告はそれを回収していた。原告は右の宮地からの報告、会社から送付された報告書等につき、異議を申し立てたことはなかつた。

(4) 六月二〇日には更に相場が下がり、原告の全取引の見合率がわずか一%(翌二一日にはマイナス一〇%)になるという最悪の事態に至つた。そこで被告は六月二〇日、翌二一日を納入期限とする総額四二三六万円の追証拠金請求書を原告のもとに送付した。

ところが原告は右期限にも入金しなかつたため、宮地は六月二四日、原告代表者を訪問し、同日の時点での建玉の状況、値洗状況等を記したメモを渡して、その内容を説明したうえ、約五〇〇〇万円の追証を請求したが、その際、宮地は新たに建玉をして損を挽回したい旨の原告の希望を汲んで預託の申出のあつた五〇〇〇万円については追証のかかつている既存の口座には入れずに、新たに作る別名義の口座の証拠金として扱うこととし、その口座である程度の建玉をすることも可能である旨を告げた。(この案は、五〇〇〇万円を実質的には原告の口座の追証として把握しつつ、一定の範囲で新規建玉の証拠金としての意味ももたせるというものであつた。)原告は、右メモに基づく二四日現在での建玉状況等の説明に対して何ら異議を述べず、追証納付の必要性を十分に了知し、同月二七日までに入金することを約束した。しかし、右約束の期日までに入金しなかつた場合の建玉の処理については、原告代表者と宮地との間で具体的な話合いはなされなかつた。

(5) 宮地は翌二五日上司の指示で原告代表者に連絡をとり追証の入金日を再度確認したところ同人からは三日位余裕を見てくれとの回答であつた。ところが原告は、約束の同月二七日を過ぎても入金せず、そのうえ同月二八、二九日には原告代表者は、国税局の調査、展示会のため等と称して被告から連絡が取れぬようにしてしまい、その間相場は更に下がつたため、被告はやむを得ず同月二八日から七月四日までの間に、竹嶋名義の一部の建玉(別表(八)の17ないし19)を除く建玉を全て手仕舞つたものである。

(6) そして右竹嶋名義の九月限建玉についてもそれ以後原告から何の指示もなかつたため、九月二五日納会落ちとして手仕舞処分された。

以上の事実を認めることができる。

右認定に反する〈証拠〉は採用できない。

(三)  (六月一日以降同月二四日までの新規建玉及び手仕舞について)

右認定事実によれば、六月一日から二四日までの新規建玉及び手仕舞はいずれも原告代表者の個別の注文ないし宮地に指示した減玉方針に基づきなされたものであり、取引の都度原告代表者の事後確認を得ているものであつて、原告の指示によるものであることは明らかである。

原告代表者は本人尋問のなかで六月七日以降の手仕舞及び建玉は指示に基づかないでなされた旨供述し、証人宮地誠治もそれに沿う証言(第一回)をするが、右証言部分は、同人の証言(第二回)及び前掲乙第三三号証によれば、本件訴訟提起後原告代表者の原告に有利な証言をしてほしいとの利益誘導を伴う依頼を受けてなした証言であることは明らかであつて措信できず、従つてそれと同一内容の右原告代表者の供述部分も措信できないというべきである。

(四)  (六月二五日から同月二七日までの手仕舞について)

(1) まず右の期間に手仕舞われた玉のうち、別表(三)の番号16、17、別表(四)の番号6、7、別表(五)の番号10ないし13の建玉についてはいずれも六月限であるところ、原告代表者本人尋問の結果によれば、原告代表者は六月初めの時点で当限分については納会日までの間に手仕舞われることもやむを得ないと了解していたことが認められ、右事実によれば右建玉の手仕舞はいずれも原告代表者の事前の包括的な指示によるものということができる。

(2) 次に別表(三)の番号18(七月限)、19(八月限)、別表(四)の番号8(七月限)の建玉については、〈証拠〉によれば、いずれも相場の下げ傾向の中、多少値が戻つたところで手仕舞つたものであることが認められるところ、右建玉については、限月が期近であること、その手仕舞の枚数も少ないことを考慮すると、右手仕舞は六月一日以降の逐次減玉するという方針の枠内でなされたものと評価することができる。又、別表(七)の番号4ないし7の手仕舞についても、スフは期近・先物の関係なく減玉していくという前記認定の原告代表者の基本方針に従つたものということができる。

以上のとおり六月二四日から同月二七日までの手仕舞は全て原告の指示に基くものというべきである。

(五)  (六月二八日以降七月四日までの手仕舞について)

六月二四日の時点で原告と被告との間において約定の追証納入期限である六月二七日に入金がなかつた場合の建玉の処理について具体的な話合はなされなかつたことは前記認定のとおりであり、又その当時原告において右期限経過後直ちに建玉全部を手仕舞われてもやむを得ない旨の意思を黙示的にせよ表示していたと認めるに足りる証拠もない。そして、原告の建玉のほとんどが六月二八日から三〇日までの短期間に手仕舞われたことを考えると、右手仕舞が六月一日以降の原告の逐次減玉していくという基本方針の枠内でなされたと評価することも困難であつて、右手仕舞が原告の指示によつてなされたものと推認することもできない。

(六)  (九月二五日の手仕舞について)

前記認定のとおり右手仕舞(別表(八)の番号17ないし19の手仕舞)は納会落ちであり、原告の計算に帰すべきものである。

3  次に六月二八日以降七月四日までの手仕舞が強制手仕舞として有効であるか否かについて検討する。

(一)  〈証拠〉によれば、受託契約準則上商品取引員は委託を受けた売買取引につき委託者が委託証拠金を所定の日時(追証の必要が生じた日の翌営業日の正午)までに預託しない場合、建玉の全部又は一部を委託者の計算において処分することができ(一三条一項、いわゆる強制手仕舞)、右処分をするときはその旨あらかじめ委託者に通知しなければならない(一三条二項、いわゆる強制手仕舞の予告)とされていることが認められる。

ところで、受託契約準則一三条二項の通知の手続を強制手仕舞の効力の要件と解すべきかが問題となるが、右規定の趣旨が通知によつて強制手仕舞権限を行使できる時点を手続上明確にし、併せて委託者の最終的な意思確認をすることにより委託者との間の紛争を防止する点にあることを考えると、右手続の履践は厳格でなければならず、信義則上委託者に対し通知をする必要がないと認められる特段の事情がある場合は格別、原則として右通知は強制手仕舞の効力要件であると解するのが相当である。

(二)  そこで、本件についてみると、前記認定のとおり原告はその建玉に追証のかかつた六月一日以降被告からの口頭ないし書面で再三にわたり追証請求を受けていたにもかかわらず、これに全く応じなかつたものであり、六月二八日の時点では受託契約準則一三条一項(追証の不納付)の要件が具備していたことは明らかであるが、一方手続的要件である同一三条二項の通知についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

(なお、被告は六月上旬頃、宮地が原告に対し、追証の納入がない場合には減玉せざるを得ない旨告げていたことをもつて六月二八日以降の手仕舞についての一三条二項の通知であると主張するが、右の宮地の発言は追証の納入がない場合の受託契約準則上の最終的措置について一般的に説明したものにすぎず、六月二八日以降の手仕舞についての強制手仕舞の予告と解することはできない。)

(三)  次に本件において信義則上一三条二項の通知を不要ならしめるような特段の事情が認められるか否かについて検討する。

前記認定のとおり、

(1) 原告は六月一日以降宮地から再三にわたり追証請求を受けており、追証の納入がない場合には減玉せざるを得ない旨告げられその必要性を十分に認識していたにもかかわらず、入金しなかつた。

(2) 六月二〇日には本件取引の見合率が一%という緊急の事態となり同日被告から書面で期限を二一日とする追証請求を受けたにもかかわらず入金しなかつた。

(3) 六月二四日見合率がマイナスという状況のもと原告は宮地からの追証請求に対して二七日に五〇〇〇万円を入金する旨約したにもかかわらず入金せず、同月二八、二九日には被告から原告に対し連絡のとれない状態にしてしまつたものであつて、以上の被告からの追証請求に対する原告の対応をみると、被告において原告が追証を預託する意思がないと判断し、約定の六月二七日経過後一部を除き残玉を手仕舞つたことはやむを得ない措置であつたということができる。

しかも、〈証拠〉によれば、被告は、七月初め原告から、無断手仕舞をされたとの抗議を受けたので、原告が大手の客であつたことから可能な限り取引を継続するのが得策と考え、同月一二日、原告に対し、右無断手仕舞されたと主張する玉については、被告において改めて買建玉をし、値合金を負担し、手数料を請求しないという形で原状回復することを提案した(右のようにすれば、結局右手仕舞後原状回復に至るまでの短期間に有利に玉を処分する可能性―前掲乙第二八号証、第四二号証によれば、それは僅かである―のほかは原告に何ら経済上の不利益はなくなる。)のに対し、原告はこれを拒絶しており、このことからも原告に追証預託意思がなかつたものと認められ、この事実をも併せ考えると、最終的に追証を預託しなかつた原告において前記手続の欠如をとらえて強制手仕舞の効力を否定することは信義に反するものと言わざるを得ない。

従つて本件においては六月二八日以降七月四日までの手仕舞は強制手仕舞として有効と解すべきである。

4  本訴の抗弁(反訴の請求原因)13(充当)の事実について検討する。

右事実のうち充当の通知を除き充当に至る経過については当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告は原告に対し、昭和五四年七月三一日付内容証明郵便をもつて竹嶋名義の東京毛糸口座の二一四万七八〇〇円の証拠金を除き、各口座につきその証拠金を差損金等債務に充当する旨の通知をなしたこと、本訴提起後、竹嶋名義の東京毛糸の口座から鬼頭名義の名古屋毛糸の口座へ振替えられた右二一四万七八〇〇円の証拠金を同口座の差損金等債務に金額充当する旨の通知をなしたことが認められる。

右事実によれば、原告の委託証拠金返還請求権は証拠金の差損金等債務への充当により消滅し、被告はなお原告に対し、二六三万四三八五円の差損金等債権を有していることとなる。

三以上のとおり原告の本訴請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、被告の反訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官猪瀬俊雄 裁判官満田明彦 裁判官多和田隆史は転補につき署名捺印できない。裁判長裁判官猪瀬俊雄)

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